「自分の人生は自分で勝ち取る。」僕が進学校を中退し、メガバンクを辞めて今ベトナムのITベンチャーで勤めている理由

僕は高校を一度中退してる。

 

 

その高校は地元では進学校と呼ばれたいわゆるおぼっちゃま・お嬢様学校だった。

 

 

彼らは高校で灘高校開成高校、いわゆる名門高校を受験して失敗、滑り止めとして僕らの学校に入ってきた、いわゆる大学受験リベンジ組だった。

 

 

その反面僕はおぼっちゃまとは程遠い、半授業崩壊の千葉の公立中学出身。

 

授業中に他クラスの不良が先生に追っかけられてうちのクラスに入ってきたり、全校集会が行われる前日は必ず窓ガラスが割られたり、爆破予告が入ったり、、校庭にはバイクが侵入してきたり・・・いわゆるDQN中学とでも言うべきか。

 

授業中に水風船をパスして割れたやつが先生に怒られるゲームとか、掃除の時間になるとみんな"トイレ掃除"に向かって水道にホースをつけて水かけ合戦みたいなバカなことばっかやってたもんだから、

 

 

高校に入って私語がないことにマジで驚きを隠せなかった。

 

 

挙げ句の果てに、チャイムが鳴っても鉛筆のカリカリという音が消えないのには驚いた。

 

 

そんな彼らに僕が抱いた疑問としては

 

 

「一体何のために勉強してるんだ?」

 

 

という問い。

 

 

そうすると彼らは、

 

 

「いい大学に行きたいからだ」

 

 

という。

 

 

「何でいい大学に行きたいんだ?」

 

 

と聞くと、

 

 

 

「大手企業に入りたいからだ」

 

 

という。

 

 

何で「大手企業に入りたいんだ?」

 

 

 

と言うと、はたかもそんな質問文がこの世に存在してたかのような目で、お前は何を言ってるんだ?と言わんばかりの目で会話が終了する。

 

 

 

そこで僕は悟った。

 

 

自分という人間は目的がよくわかってないのに何かをやる・やらされるということができない人間だということ。

 

 

そして、大半の人は、「周りがやってることと同じことをやることに安心を覚え、あまり疑いを覚えることなくコツコツと我慢して努力を積めること。」

 

 

 

思い返せばすごく小さい頃から天邪鬼だったのかもしれないが、僕が今結婚して子供を作りたくないのも、両親の子育ての苦労を見てきたらかもしれない。

 

俺も、俺みたいな子供が生まれてきたら子育てをしたくなくなる。笑

 

 

 

そして前職ではいわゆるメガバンク都市銀行に入社した。

 

 

僕の中では通信制高校を卒業してアメリカの大学を出て入社したので、紆余曲折して入ったつもりだったが、結局また高校の時と同様、優秀な受験生達に囲まれることになってしまった。

 

 

同期はいわゆる東大、慶応、早稲田、、、、世間体として採用では「学歴の足切りはありません」みたいなの言わなきゃいけないのかもしれないけどそんなの嘘だ。

*ただしほんの一部、あまり聞いたことのない大学出身者もいて彼らは格段に優秀だった。

 

 

特に東大生の同期にはとても驚かされた。

 

 

一応僕がアメリカで通っていた大学の世界ランキングは東大よりも上にランクインすることが多々あり、少なからず遜色はないのではくらいに思っていたが、やはりアメリカも学部による。僕の専攻は社会学なので、いわゆる医者、弁護士、エンジニアを目指すような専門職とは別だ。

専門職を目指し、米国トップ大学で勉強している彼らの努力は文字通り血反吐が吐くような努力をしている。

弁護士を目指していた友人がいて、最終試験が48時間試験、持ち帰りokなのだが本当にギリギリまで時間をかけないと受からないような内容と言っていて、背筋がゾッとしたのを覚えている。

 

話を戻すが、東大生の同期の彼はコミュニケーション能力も高く同期・先輩にも気に入られ、総合職一斉テストでも指で数えられるくらいの入賞。実際に寮が同じなので、彼の勉強っぷりは見ていたが明らかに余裕があった。恐ろしすぎる。

 

僕は体育会系で育ってきたので「はい!!やります!!!」みたいなノリしか知らなかったから、先輩に怒られた時は同期みんな集めて「ここはこうすべきっしょ」みたいな感情に身を任せて物を言うタイプだったが彼は常に冷静で、どんな物事も達観していた。

 

実際に仕事を始めてみても、卒なく何でもこなして怪物だなという印象だった。

今では彼が頭取になったときのことも考えて、ちょくちょく連絡を取っている。(半分冗談半分本気)

 

 

ちょっと話を戻すが、そんな大学受験勝ち組の優秀な彼らが年数を重ねるにつれて、または先輩や上司の仕事を見て「仕事は辛くて当たり前。」と、この謳い文句が当たり前のように、何の疑問も持たなくなってきているのに僕はまた高校の時と同じように疑問を持ち始めてしまった。

 

 

ちょうどその時、マイクロソフトの元役員だったジョン・ウッドが立ち上げたNPO法人Room to Readに関する本を読んだ。

 

マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった

マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった

 

 

 その本の中に

 

「僕は今こうしてNPO法人を立ち上げて、自分でもびっくりするほど毎日ワクワクして会社に行ってるんだ。」

 

ということが書かれていた。

 

 

僕はこれを見て、

 

「これだ」

 

と直感した。

 

こんなことを言ったら周りにバカにされたけど、確かにごく一部だけど、僕の知る範囲でも一人だけいた。

 

 

ということは世界中に絶対にもっといっぱいいる。

 

 

もうこれしかないと思った。

 

 

社会の雑音に一度耳を閉じ、100%の確信はない自分の信念に向けて必死にもがき続け、探し続けることにした。

 

 

 

そっから2年(その通り、時間はとてもかかる。でも大事なのはもがき続けることだ)、これまた紆余曲折して今ベトナムのITベンチャーに飛び込んだ。

 

 

入社して早4ヶ月が経ったが、入社時と変わらない気持ちどころかより一層モチベーションとパッションが燃えて、「毎日ワクワクしながら出社してる」自分がいる。

 

 

この記事で何を一番伝えたかったかって、自分の人生は自分で創り、自分で楽しみ、自分で勝ち取る ということ。

 

 

・会社が嫌だから

・上司が嫌だから

・親が厳しいから

・今の収入がいいから

・世間の目があるから

 

 

こんな理由付けはいくらでも羅列できるけど、

 

 

じゃあ60年後振り返ってあなたは愚痴ばかり言っていた人生を振り返りたいのですか、死ぬ時に後悔する人生でいいのですか。

 

 

自分達から見て明らかに行動力があって、実行に移していて、いろんなことをやっていて人生を楽しんでる人たちってのは「人生は愚痴を言っている暇があるほど長くない。」

 

この真理を本当に理解してる人たちだと思う。

 

 

それを踏まえて僕はまだまだ甘いし、もっともっとやれるはずだし、未熟なところは数え切れないほどたくさんあるのだけれど、

 

 

それでもなんだか悩むべきではないことで悩んで、人生楽しそうじゃない人たちを見てると、こんな記事を書きたくなる。

 

 

99%の人に批判されても、1%の人の胸に響けばそれでいいと思ってる。

 

 

Remember, life is in your hands and you are living your own life, not someone else's life. 

 

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